自分の音楽の趣味やアート、惹かれるコンテンツ。それらは自分の意志で選択したもので、時代の介入要素は少ないと思っていた。
しかし、そうでもないと気付かされた。薄々気付いていて目を背けていただけなのかもしれない。
「Gen X Soft Club」——僕が最近好きな世界観はそう呼ばれている。この名称を知ったのは本当にごく最近で、それまで全く知らなかった。
それは落ち着いた色彩感、少量の近未来要素、そしてどこか冷たいが儚い印象の物を指すらしい。
音楽でもアートでも、アニメや映像でも、そういったものが好きになってきた。
5〜6年前、そのような要素のリバイバルが全く感じられなかった時から、触れるものが少しずつ変わってきた。友人たちの影響も多少あっただろうが、自分の周りにはそのカルチャーに興味を示す人は少なく、肌感覚としては自分で探して辿り着いたと思っていた。自分だけとは言わないまでも、流行やリバイバルとは距離があると思っていた。
そして現在、自分の好みや思考がわかってきたタイミングで「Gen X Soft Club」という言葉に出会った。自分の趣味や好みとかなり近かった。求めているものも多くあった。
90年代後半に生まれ育ったから、街中やテレビでそれらの文化を目にして、知らぬうちに潜在意識にしまっていたのだろう。20代後半になってその嗜好に辿り着いたのは、必然とも言える気がした。自分のような人生を送ってきた人はたくさんいるだろう。認めたくないが。
完全にリバイバルのタイミングでリバイバルに辿り着いてしまった。オリジナルと思っていたものは、ありふれたものだったのだ。
流行や文化——それは大小問わず、幼少期の刷り込みや生活から影響を受けた人々の思考が、自然に、同時多発的に集まって発生するものだと身をもって理解した。
自分軸を持とうと流行から目を背けた結果、対極の位置に向かってしまったらしい。
時代の流れは人の流れで、争うのも迎合するのも同じことなのかもしれない。